スナックelve 本店

バツイチ40代女の日記です

No.0614 車売却―1―



喪失感を楽しむ

空っぽになった立体駐車場の一区画を観て少し寂しくなる。昨日まではあそこにカワイイ軽自動車があったのになぁ・・・。周囲はごっつい立派な乗用車ばかりの立体駐車場で、東京で運転するならこのサイズよね〜っと勝手に周囲を運転しづらい車認定して、軽く優越感に浸っていたものだった。

私の車が一番カワイイ☆とか普通に思っていた日々とさようならである。

兎を病院へ連れて行くのにも使った。初めての固定資産。初めての自動車税納税。ホワイトアウトしても止まらない北海道の冬。

両親を乗せて運転したときは、ちょっと「大人になっちゃったなぁ〜」感が強くなった。いつも運転手だった父は、ああ、窓の外がよく見れるなぁ、と嬉しそうに言っていた。


でもやっぱり喪失感

働いたお金で買った兎は去年死んだ。働いたお金で買った車も先日売却した。

そして今、働くことすら怖くなってしまった自分。

いろいろなものを得て、いろいろなものを失っていく。

今感傷的になってても、またすぐ別のナニカを得て、この感覚は忘れてしまうんだろうなぁ。


車と私@学生時代

私は20の時、学校に行く電車に遅れ、親の車で学校へ行こうとしてスリップして逆さまになって廃車にした。自分自身は無傷だったのでそのまま親に送ってもらって学校で試験を受けた(笑)卒業できて良かったwwww

その後働いて親に80万円返したが、一つ心に決めた。

もう車は運転すまい。

そもそも自動車免許を取るときにとても苦労し、性格テストだかなんだかをやったときによっぽど運転に向いてなかったらしく、教官に「コレは身分証明書だと思って運転は控えなさい」と免許証を渡されたのである。当時の北海道はオービスも少なく、ひたすら国道を暴走する日々だった。

半分寝ててもコビトさんが家まで運転してくれると130kmほど遠くから遊びにくる友人もいたw

当時の私を振り返ると、よくぞ死ななかった、よくぞ殺さなかった!! という感じなのだ。

だから、車が廃車になったと聞いたとき、先祖の皆さんや亡くなった祖父母伯父などが一生懸命私を守ってくれていて、力尽きたところが今なのだと思い、次は誰かが死ぬ、と変に確信したのであった。