「売春」を経験したことがある少女たちが、その背景や自分たちの思いを知ってほしいと、写真や手記などを通して訴える「私たちは『買われた』展」
ってのが有るらしくて、タイトルだけで
と思ったんだけど違うの? という。
いや、いろんな事情はあるんだろうけど・・・背景や思いって何だろうなーとか。それ、特別視すればするほどリスカの痕増えるだけじゃね?
「特別な事情があったから」「可哀想」って事? 条件付だから同情してよって?
「特に理由もないけど体売った」って人とは違うんですって強烈な差別意識じゃないの? それ。
何気なく体売るより「展示される」事の方がよっぽど気持ち悪いと思うのだが、体売ったことを特別視して欲しいのかして欲しくないのか。
んなこたーよくあることだよねって思ってる方がリスカの痕は増えない気がするがそういうモンでもないのか?
コレが「私たちは『盗まされた』」とかいって万引き犯展示してるんでも同じ感想だなぁ。
まー窃盗犯に関しては実家が商店やってたから厳しめに見てしまう部分もあるんだけど、「展示」するような事じゃない気がするんだよなぁ。
生きるために仕方なく犯罪を犯した。見逃してくれよ、というならそれは「展示」ではなく「ひっそり」でいいと思うんだけど。
抱えきれなかったって事なのかなぁ。
ケースバイケース過ぎて子供の貧困とか訴えたいなら別問題の気もするしさぁ。
何つーかとにかく犯罪者を被害者のように展示して何がしたいのかよく分からないんだよ。
仕組んだヤツは売春なり買春なりしたことあるんだろうか? きもちわりーなーって思った。