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バツイチ派遣40代女性の日記です

母と娘

作品燃やされた増田が女性かはわからないけど、あー娘にだとあるあるな感じーと思ったので。

連想ゲーム(自分語り)


うちの父は元々母のストーカーだった人で、母が兄を愛することに嫉妬していたんだと思う。それは親として無関心という形になっていて、多分正直に語らせたら「長男(兄)は死んでくれた方がいい」って感情になってると思う。流石にそうは言わないけど。
母は父の冷淡さで余計に「可哀想なお兄ちゃん」って感情を強くしていって、過保護になり、兄の人生をスポイルしていった。
私は父には溺愛されていた方だと思う、が、父は酒乱でこう、まともなコミュニケーションも取れない時期があった。そして父と私が仲がいいと母が嫉妬して大変だった。
だいたい今と違って父親がそんな育児に積極的になる時代じゃなかったので、日常的に接する人間は母親のほうであり、その人から嫉妬されているという状況はしんどいことがあった。
・・・というようなことを思い浮かべたので、私は増田達の話を母が娘に嫉妬している物語だと受け取っているのだな。

5歳の母の増田は疲弊しているのだという。その疲弊は自分の「完璧主義」からきてる疲弊じゃないのかなぁと思う。夫も子供も自分の思い通りにならないっていうね。そらそうだわ。完璧だと思われたい(自分を完璧だと思いたい)自分を早く捨ててくだされ。巻き込まれる側は大変ですじゃ。

親という立場を離れて、個人的にムカついて理由なく殴った的な行動は同性の親子間でのほうが起こりやすいと思う。
よく男性は父親と殴り合いをして勝ってしまったときに親の老いを実感し反抗期を終えた、なんていうけど女性はどうなんだろう。

口が達者になって母親に口げんかで負けなくなった時だろうか?

私は、相手が「母親」じゃなくて「女」として私を見ていることを自覚してくれた時だったように思う。
今だに子供3人平等に扱ってると言ってきかないが、まぁ、その心意気やヨシ、と。そういう彼女が
「あんたには酷いことしたよね。なんでだろうね」
って呟いたことがあって、それで何となく、ああ、この人、ようやく自覚してくれたのかな、と。
一人前扱いしてくれたってんじゃなくて、彼女はずーっと、私が幼い時から常に私を「女」として扱ってきた。そのことを自覚してくれたかなぁ、と。

私は父に似ていた。母はずーっと、あんたは父の味方ばかりする。あんたは父親にそっくりだと言った。父の悪口をさんざん聞かせた後で。
父と漫画やアニメの話で盛り上がると、母は拗ねて「あんたたちはよくわからない話をする」と怒った。

何かを私が言って、母と兄が喧嘩した時に「あんたの望み通り、みんな喧嘩してるよ、よかったね!」と怒鳴られたことがある。私の望みだったのだろうか。そこは覚えていない。
とても悲しかったので、そこだけ覚えてるんだろう。

私たちは似ていた。

私たちは何でも話せる仲良し母娘であった。

私たちは近くにいすぎた。

早く大人になりたかった。

早く母親から離れたかった。ずっと考えて考えていた。母親との関係。

シャワーで髪を洗うとき、必ず母親の怒鳴り声が聞こえた。幻聴だとわかっていたが、たまに本当に怒鳴り声で呼ばれていて焦った。

成人して、実家から離れることができた。母親に「もう二度と会いたくない」と電話で告げた。
約5時間後、母が部屋に怒鳴り込んできた。

彼女の日記、私を産んだ日「女の子だ、どうしよう」と書かれていた。
次の日は「女の子なのにみんな喜んでくれた。よかった」と。

(兄と弟は違うが、という流れで)あんただけは産もうかどうか悩んだわ、と悪意なく笑いながら告げられた。
昭和50年代の北海道は女の子というだけで生まれた子を殺すこともあったらしいと、ネットのどこかで読んだ。

私が30を過ぎたころに彼女は「女の子を産んでよかった」といった。
私は女に生まれてよかったことなんて一つもなかった。男に産まれても同じようなことぼやいてそうだけど。

まぁ、もう、恨んではないんだけど。
許す気はないかなぁ、とか。だから作品破いた増田にGJって思ったんだろうなぁ。
ああはなりたくない(母のようになりたくない)という気持ちと、遺伝だからそら似るよね、という感情のバランスもとれてきたと思う。

後は自分が後悔しないように介護のことはちょっと考えないとな。私は優しいので、たぶん、やらないと後悔するわ。

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