スナックelve 本店

バツイチ派遣40代女性の日記です

目の前にホーキング博士がいたら、尊厳を傷つけない対応をできる自信がない

あるいは自分のレベルにあったアウトプットをしてくれない人を軽んじてしまう問題

うお、ホーキング博士をホーキンス博士と思ってた上に故人になってた(;´Д`)
ホーキング博士と知らずに、言葉の通じない障害を持った車椅子の人が目の前にいたら
「あら~大丈夫ですかぁ~? 言葉分かります~? 何かお手伝いしますか~?」
と、いつもよりワントーン高い声で話しかける気がするのです。子供に話しかけるように。
それは善意ではあろうが相手の何かを踏みにじることもあるだろう、と。

きっかけは、こちらのツイート

ここから私は職場の先輩を連想しました。

職場の先輩に耳が聞こえない人がいて、発話が独特で、気づくとタメ口で話してしまっていて失礼したなぁ。「きちんと話ができない人」を下に見てしまいがちなのかも、私は。

https://twitter.com/isinnkodesu/status/1217740711916781569

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「きちんと話ができない」っていうのは発話の問題のほうでね。相手の言うことを理解できない→相手も自分の言うことを理解できないだろう→多くの場合相手を自分の下に観てしまう、という流れが私にはあるな、という反省。

で、これって私だけじゃなさそうだなとか思ったわけですよ。
昔の派遣先で東大卒のブラジル人女性がいたんだけど・・・(ネイティブと比べれば)拙い日本語と女性という「弱点」で多くの嫉妬から身を守っていたと思うが、プライドは傷ついてたろうなぁ、とか。
例えば日本語が拙い有名人いじり。大坂なおみさんとか最初のころ酷かったですよね。もっと前ならボビーオロゴンのキャラクターなんかがそれを逆手に取っていたのかも。
介護の問題とか、ひょっとしたら育児も関わってくるかもしれない。
相手に文章として発言する能力がないときに、中身は尊重されるべき人間だという当たり前のことを、我々は割と簡単に忘れてしまうのではないだろうか、と。
それは時として優しさを超えた残酷さになってはいないだろうか、とか。

ネット上でも自分と日本語が噛み合わない相手を下に見て憐れんで勝手に納得してしまったりしがちですわなー。自戒自戒。←すでに発話能力関係ない話になってるw

逆に異様に恐れてみたりね。
漫画『ぼのぼの』で主人公のぼのぼのがとても怖いシャチを想像した時に、そのシャチがロンパリでよだれ流しながら「あうあ~」とか言ってるのを想像して怖がっていたけど、それに近いというかなんというか・・・
私は怖いというのは理解できないという恐れからくると思っている。ちなみにキモいは理解を拒絶してると考えているw

驚いたり、怖がったり、キモがったりするのも結局接触が少なくて慣れてないからだと思うんだよねぇ。
じゃぁ積極的に自分と違う能力を持つ人たちと接触するかというと・・・せめてネット上では多くの考えに触れていたいと思うのでした。


連想
anond.hatelabo.jp

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