スナックelve 本店

バツイチ派遣40代女性の日記です

インプットとアウトプット

インプット:経験と想像
アウトプット:行動と芸術

んーと思ったのは

  • 親代わりのように思っていた社長の遺骨を独立(?)会見に持ってきて提示すること(元SMAP中居氏)
  • 原爆の風景をカーニバルの山車にすること

中居君とジャニーさんの骨

頼りにしていた人の遺骨を持ち歩くのは想像できるのだが、テレビで公開する意味が分からない。これは前の記事で触れた「葬式で(ご遺体の)写真撮ってツイートするとか」に近い気がする。写真撮るまでは分かるがなぜ世界に開示した? というね。そこはもう亡くなった方とあなたの物語ではなくなるよね? と。なぜそれを見せる? 何を期待している? そこにポジティブな反応が欲しいのか? なぜだ? 自慢か? 不安か?
そんなものは自分の中で処理しろ。少し強い言い方をするなら、お前と死人の関係に私を巻き込まないでくれ、という不快感がある。
最近だと野村監督(良く知らない)の遺体を血の繋がらない息子さんが公開して批判されてたみたい? 血が繋がっていたらどうなっていたかも見てみたいと思ってしまう。
偉大なる父の死を目の当たりにして、世界に見てもらわなきゃ! という発想が実の息子から出た場合、批判は少なくなるのではないかと思ってしまうのだ、私は。0にはならんよねw
悲しみにくれるべき時に世間への開示するのは血が繋がってないからだ! という批判(?)が含まれていると思ってるわけだな、私は。無茶苦茶だな。

死への畏怖があるから関わりすら持ちたくないってのがある気はする。葬式が粛々と執り行われるのが故人のためと思ってしまうし、霊柩車は往復で同じ道は使わないわけです。

この個人の強烈な経験をツイートするという行動は、文字数が少ないこともあって容易に拡散されるが、その強烈さを読んだ人に追体験させるわけで、誰かを傷つけたり、その行動自体を批判されたりすることがあるだろうと思う。賞賛や共感、同情などだけを求めていると思わぬ炎上を招きそう。

後この「不快な人がいるのだから自粛しましょう」というマナーを守らないときに「マナー守れよ!!」って強く怒り出すのは女性のイメージなんですがいかがでしょう? 善悪判断が男性はルールに縛られ、女性はマナーに囚われてるという先入観ですw

リオのカーニバルで原爆の山車

原発じゃなくてよかったね(;´Д`) そっちはまだまだ癒えてないからね。
知ったきっかけはこちらのツイート

平和教育ガッツリ受けたせいでまじで怖い」としたら、その教育は正しいのかなぁ? とか。怖いで表現をやめて目を背けていれば再発防止になりますか? 正しく怖がりましょう(爆笑)とか?←煽るなw
知識をテーマとした踊りメインの祝祭で、人類の恐怖体験としての原爆を表現してる。別にいいと思うなぁ。
サンバ自体が奴隷文化と密接にかかわっているらしいんで、なんつーか、陽気に歌って踊ってますって祭りではないと思う。
でも、最初チョットね、経験もしてない部外者がネタにしやがって! って思ってしまったw →俺も経験してねぇ!!!wwwww

「とにかく怖い」のであれば、それは表現として成功だったのではないか、と。
皆が目をそむけたくなるような情景を思わせたなら芸術として成功してるよなぁ。

その芸術で誰かの人生が豊かになっていくんですな(「スカーレット」ネタで終わるw)