「仕事はきっちり。私は自分に厳しくしてちゃんとしてる。なんでみんなはできないの?(イラっ」ってタイプの人間が苦手だ。
たいてい、自分で思ってるより自分には甘い。そして、ちゃんとできない人間(私とか)が、その人の「ちゃんとしてる仕事」をフォローしている。
が、まぁ、逆に私のようなチャランポランな仕事をする人間はこの手の人のチェックがないと仕事が終わらない。
ので、まぁ不快ではあるがWinーWinの関係を築けていると思う。向こうもそう思うから、ちゃらんぽらんな私に仕事を頼む。
と思っている。
Aさんはそういう、私を過剰に持ち上げながら重箱の隅をつつく、大変ありがたいが非常にむかつく女であるw
ものすごく言葉は「謙虚」なんだけど、行動は「これ私やりました」「できる私」アピールが強いのである。わかるかな?w
派遣仲間がAさん超苦手、なんか見下してきて嫌だ、と苦々しく言ってきた。
「自分以外を信用できない人なんだろうねぇ」
と、私は応えた。そう思っていたから。
「あ〜。そう考えればいいのか!! 可哀想な人なのね。オッケー、これからそう思うわ。ありがと」
ん? 可哀想な人? 確かに他者と信頼関係を結べないのは大変だろうが、大変なりに彼女は自分が納得する仕事をしてるし別に可哀想ではなくない?
ただ、そういう人だな、って思ってただけだったので驚いてしまった。
また、「可哀想な人」であれば「許せる」ものだろうか?
障害者差別の話でも男女差別の話でも思ったんだけど「無茶苦茶な要求されても相手は可哀想なんだから許してあげる」ってすごく嫌なんだよなぁ。
対等じゃない。
「要求の評価」「相手の可哀想さ」「許すかどうか」全部独立しててほしいのよ。
大体同じ状況に置かれても「被害者意識」が強い人と弱い人で「私はこんなに可哀想です」アピールが違うわけじゃん。
アピール強かったりうまかったりする人が「可哀想」だから、と大目に見られるのって全然平等じゃないと思うし。
アピールしてくれないと助けられないものなんだけどさぁ。
んで、それとは別に私にできることなら喜んで〜って姿勢でいたいよ、私は。
大体、無能な働き者として味方を巻き込んで大惨事なんだがw